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嫁一人、子供二人、田舎暮らしのシティボーイ
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トララルゴン日記

オーストトトトトラリア ビクトトトトトトリア州 トラララララルゴン
かの  
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June 16

金曜日のジリアン その10

 ジリアンとの関係はきわめて良好だった。

 

のどの筋肉が使えなくてうまく話せないジリアンとのコミュニケーションもだんだんと慣れてきた。ジリアンは使えるほうの右手で、車椅子のアームレストの部分に指先で文字を書いて、やってもらいたいことを書くのだった。バリスターハウスの住人の英語はみな不明瞭なので、彼らの言っている事がわかるまでにだいぶ時間を要した。私は自分のヒアリングが悪いから、彼らの言っている事がわからないのだ、と思っていたけれども、アームレストの上での筆談ならぬ指談を繰り返すうちにジリアンの要求したいこともわかるようになり、そのうちアーアーウーという不明瞭な言葉でや、ちょっとした目の動き、状況などから適切な処置を取ることができるようになってきた。

 

ジリアンに物を頼まれる介護者と物を頼まれない介護者の区別もついてきた。介護者を拒否するなんてなんて面倒くさい、と介護者中心の考えに陥っていたが、ジリアンとコミュニケーションするうちに彼女は彼女なりの理由があって拒否しているのだった。

 

たとえば彼女のすねには無数のアザや傷があった。これはリフターにすねを打ちつけたときにできる傷だった。バリスターハウスのリフターには設計的に問題があり、バッテリーなどにつながっているパワーボックスが操作者のほうではなく、ジリアンを運ぶ側についているのであった。これは大きな問題で、ホイストの足を開いて車椅子を押し、リフターにジリアンをなるべく近づけたときに、慣れない介護者はそのまま勢い余ってジリアンのすねをガツンとパワーボックスの角にぶつけるのであった。

 

またこのリフターで移動の際にはジリアンの車椅子にブレーキをかけて動かないようにしてから動かすのだが、移動した後にうっかりブレーキをはずすことを忘れてしまうと、午前中一杯ジリアンが動けなかった、ということも良くあった。

 

ジリアンはそういった介護者のことをよく覚えていて、それらの人々には犬が飼い主以外の人を追い出すようなやり方で、敵意をむき出しにして拒否の意向を示すのであった。

 

 

しかし、そのようにジリアンに拒否される人々の中には技術や経験を持っているにも関わらず、不当に拒否される介護者もいた。

 

ミッチェルという髭を生やした少し小太りの介護者がいた。彼は何年もバリスターハウスで働いていた。

音楽が好きな陽気なイタリア系の男だ。後ろ髪を長くして、大きなお腹を揺らしながら、口髭と顎鬚を揺らして大きな声だがモゴモゴと不明瞭な英語を喋った。

 

敬虔なキリスト教徒の彼は献身的な介護でまわりの介護者の信頼とを集めていたが、ジリアンは彼を決して側には近づけなかった。ベッドから体を起こそうとしても、わずかに動く片方の腕を必死に振って、彼には体を触らせなかった。ミッチェルはそんなときはいつでも、肩をすくめて鼻をふくらませながら、替わりの人間を呼ぶためにジリアンの部屋を出て行った。

 

 

私はどうしてジリアンが彼のような経験豊かな介護者を嫌っているのか不思議だった。

 

そこで、ある日、食事の最中に眠たげなジリアンにそのことを聞いてみた。

 

「ねえ、ジリアン。どうしてジリアンはミッチェルのことどう思う?」

 

ジリアンは言葉を発するかわりに、眉間にしわを寄せ、頭を振った。

「嫌い」という意思表示だった。

 

「どうしてジリアンはミッチェルのこと嫌いなの?だって、彼は経験もあるし、優しいよ。」

 

するとジリアンは視線を斜めにあげて私の顔を見た。くたびれた天然のソバージュの間からのぞく目は「お前はあの男の味方なのか」とでも言いたげな顔であった。

 

しばらくすると、ジリアンはゆっくりと手を伸ばし、アームレストをノート代わりにするとひとつひとつ文字を書き始めた。

 

「交通事故」

 

「タイヤの下に何時間も首を挟まれ」

 

「車が燃えるかもしれなかった」

 

「怖かった」

 

「車を運転していたのは酔っ払った男」

 

「そいつは髭を生やしていて」

 

「けだもの」

 

「許せない」

 

 

 

私は「聞かなければ良かった」と思った。

 

ジリアンは事故の相手をミッチェルに不当に投影していたのであった。

 

憐れミッチェルはそんなことも知らず、毎日ジリアンの世話をしようとトライし、そのたびに敵意を向けられて、彼女の部屋を追い出されるのであった。

 

 

ジリアンの人生には持つ必要も無い悲しみや、恨みが渦巻いていた。それは半分は彼女の性格的なものでもあったが、半分は神様から不当にも不幸の分け前を受け取らなくてはならなかったせいだった。

 

バリスターハウスに流れているマイナスの空気。介護者にとって、マイナスの気をもらうことは一番避けなければならないことだった。

 

だから、私はジリアンの食事が終わったら、夏が近づいて緑がまぶしくなってきたバリスターハウスの庭で大きく伸びをしようと思った。

June 03

金曜日のジリアン その9

 日々のルーチン作業がこなせてくると、だんだんと周囲の様子を見る余裕も出てきた。

 

まわりのスタッフたちの様子を見ていると、入居者との付き合い方に苦労しているのは私だけは無かった。

 

介護という仕事は、その美しい響きとは逆に、つらいことも多く、ある程度割り切ったところが無いとできない仕事である。バリスターハウスのスタッフは、どこの介護施設でもそうであるように、人員が大変早いスパンで回転していった。肉体的にも疲れたが、世話をしている入居者から人間性を否定されるような振る舞いをされることも多く、気疲れをしてやめていく人間が多かった。

 

 

ジェームスの世話は誰もが手を焼いていた。あるオーストラリア人の介護者などはトイレのときにジェームスに「早く尻を拭け!」と命令され、トイレに下半身裸のままのジェームスを置き去りにして怒ってそのまま来なくなってしまったこともあった。私は文字通り、その仕事の「尻拭い」をさせられた。

 

従順であることに慣れていないオーストラリア人の中には、ジェームスの罵声に対して、我慢ができず罵声で対抗する介護者もいてしばしばバリスターハウスの中は険悪な雰囲気が漂うことも少なくなかった。

 

すぐに辞めてしまった介護者の中には、あまりにも横暴なジェームスに対してベロベロバーをして彼を挑発していた若い介護者さえいた。ジェームスといえども、自分が馬鹿にされたことはすぐにわかる。その介護者はすぐに裏手の物干し台に行ってしまったので、私が彼をなだめることになり、部屋の中で顔を真っ赤にして暴れるジェームスを落ち着けるのは大変な作業だった。

 

ジェームスは「俺は馬鹿じゃない」「俺は馬鹿じゃない」と繰り返し、なるべくなら彼のそばにはいたくない逃げ腰の私の洋服をつかむと耳元で大声を出した。

 

「そうだ、お前は馬鹿じゃない」

「俺は才能がある。」

「そうだお前には才能がある。」

「どんな才能だ?」

「えっ・・・・」

 

急な質問に口ごもる私。

 

そういえば、私はこの2,3ヶ月自分の仕事を遂行することにばかり考えていて、ここで暮らしている人たちのことを理解しようという気持ちがまったく無かった。私は事務的に仕事をこなしていた自分を恥じた。

 

それにしてもヒッピーのように暮らし、バイクを乗り回し、マリファナを吸い、遊び暮らしていた男に何の才能があるというのだろう。若いうちに子供を作ったが、横暴な彼にあきれて妻は絶縁状を叩きつけ、子供はもう彼に会うことは無いという。「国内に大麻を持ち込もうとして空港で捕まった、ジェームスには迷惑をかけられてばかり」と彼の様子を見に来た年老いた母親が私にこぼしたことがある。今も、他人を待つことができず、介護者に感謝もせず、少し思い通りにならないことでも、人を怒鳴りつけるジェームス。

 

私は彼の質問にしばらく沈黙した後、ひねり出すように「おまえは大きな声が出せるじゃないか。」と、冗談か本気なのか自分でも判断がつかないようなことを言ってしまった。

 

 

ジェームスはまた烈火のごとく怒るかと思ったが、彼は一点を見つめたまま「そうだ俺は大きな声を出せるんだ、俺は大きな声を出せるんだ」と何度も口の中で繰り返して、私の意見を受け入れた。

 

May 08

金曜日のジリアン その8

 ひとたび私が、ジリアンの精神的な境界内に入ることをを許されるようになると、私の仕事は途端に忙しくなった。

 

 朝、私はジリアンを起こす。彼女の体を拭いて、オムツを替え、下着をはかせ、リフターという機械を使って車椅子に移動する。

 

 数学のπ(パイ)の形をした厚い布をジリアンの体の下に敷く。まず彼女をベッドの上で横に半転させて、その下に布を半分いれる。そして、今度は反対に半転して、体の下に入っていた厚い布の半分を反対側に引っ張り出す。これで、厚い布がジリアンの下に敷かれたことになる。それから、その布のπの足の部分を彼女の腰、大腿の外側から回りこむように足の内側に出して、足の間で交差させる。布には四箇所に輪がついていて、それをリフターの十字型のバーについたフックに引っ掛ける。そしてコントローラーで上下させて、ジリアンを移動するのである。

このリフターという機械は、上半身を支える布の位置が頭の方に行き過ぎたり、左右が対照でなかったりすると、リフターの上でジリアンがバランスを崩してしまうので、最初からやり直しになる。

 

 椅子の座り位置がまた難しい。左右の筋肉のアンバランスから、ジリアンの背骨は曲がっていて、やや左に体重をかけるようにリフターからおろさないと痛みを訴える。また、尻の下に特殊なクッションがおいてあり、座る位置が前過ぎるとジリアンは車椅子の前の方にクッションごとずり下がっていく。ジリアンの世話をへますると、すぐに彼女は手紙でロクやマネージメントに介護者の技術の無さ、自分がいかにひどい扱いを受けているかについて訴える。だから、左のコーナー隅に一発で下ろすこと。これが彼女の信頼を得るための次のステップだった。

 

 移動が終わると、洋服を着せる。たいていの女性がそうであるように、彼女は好みがうるさく、どれを着るかを事前に聞かなければならない。

 

不明瞭にしか言葉を話せないジリアンとのコミュニケーションは気の遠くなるような作業だ。私は彼女に服をひとつひとつ見せながら、彼女が気に入るかどうかを聞いていく。

 

まずはシャツのチョイス。私はなるべくなら、着せやすい、ストレッチーな素材の服を彼女が選んでくれることを祈る。ジリアンに「これがいいんじゃないだろうか。」「これが春らしくていいのでは?」と誘導してみるものの、ジリアンはなかなか頷かない。彼女はひとたび迷ってしまうと時間がかかる。ジリアンは衣装持ちで、クローゼットの中にはあふれかえるほどの洋服がかかっている。

「選択肢が多すぎるのだ。」

私は小声でつぶやく。

 

 この作業が、パンツ、ジャケット、靴下、さらにイヤリング、指輪、ネックレス、香水・・・と延々と続く。特にジリアンは何百という安いアクセサリーを持っていて、それを丹念に見て選ぶので、時間がかかってしょうがない。洪水のようにクローゼットからあふれ出している洋服たちを片付けるのも一苦労だ。

 

 

 彼女の身なりがきちんとすると、髪をとかしたり、喘息薬の吸引機を当てたり、ベッドメイクをしたりして、食事の介護である。

 

 ジリアンは毎朝、シリアルと牛乳、果物をフードプロセッサーで砕いたものを食べる。脳神経の中でも舌やのどをコントロールする神経が少しやられているので、食べ物は硬すぎてもやわらかすぎてもいけない。それをスプーンに半分程度のせる。スプーンは唇の上の部分に擦り付けるようにして抜いて、食べ物が口の中に残るようにする。ジリアンは頭をゆっくりと上下させながら、食事がのどの奥に滑るようにしていく。舌の機能が失われるだけでずいぶんと人間の生活というのは不便になるものだ。

 

 ジリアンはこんなゆっくりな食事の割には大食漢で、朝はボウルいっぱいの食事を食べる。スプーン半分のサイズずつしか減っていかないボウルを見て、私は絶望的な気分になる。

 

 上司のロクにはいつも時間内に仕事を終わらせるようにと言われていた。私はゆっくりと口の中のものをすりつぶすジリアンを見ながら、頭の中で残作業を数える。そんなときに限ってバリスターハウスの反対側であの乱暴者のジェームスが「早くしろ」と何か叫んで要求している。気持ちは焦る。

 

 しかし私の焦りなどまるで気にすることも無くジリアンはゆっくりと食事をとる。そして食事がある程度を過ぎると、目がトロンとしてくる。こうなるとジリアンは急に動きが怪しくなり、口の締まりはなくなり、口の隅からシリアルをこぼしだすからだ。

 

「ジル、ジル、起きて。食べ物飲み込んじゃうから危ない。」

 

 私が必死に起こそうとしても、シリアルを口にためたまま、すでに彼女は眠りの世界の住人になろうとしている。今食べさせないと、彼女は午後に「おなかが減った」と言い出す。そうなると午後のシフトの介護者は追加の作業をやることになる。だから、なんとしても食べさせなければならない。

 

それは介護する側の都合であって、介護される側には関係の無い話だということはわかっている。わかっているけれども、介護者も人間、心のどこかに「私の立場もわかってほしい。とにかく早くしてくれ」という自己中心的な考えも出てくる。

 

 

私は目の前で寝むりこけてしまったジリアンと、ボウルにまだたくさん残っているシリアルを交互に見て、大きなため息をつく。

 

May 02

金曜日のジリアン その7

 数週間が過ぎて、私はまだジリアンからの信頼を得ることができていなかった。ジリアンは何かを頼むときには私を迂回して別の介護者に頼み、そして帰りには私を迂回して部屋に戻り、閉じこもり、パソコンで何か手紙を書いていた。
 
 
 バリスターハウスの仕事の難しさというのは、「人間を扱うこと」という一点だった。
 
 もし仕事が洗濯、食器洗い、掃除だけで良いのならば私は日本人的な丁寧さでほかの介護者よりも、うまくこなしていたと思う。部屋の掃除などは介護者個人の性質によるところが大きく、イタリア系のボブなどは、四角い部屋を丸く掃くという言葉そのままに、きれいに四隅にごみを残して掃除をするという、きわめて怠惰なやり方で私をあきれさせた。
 
 しかし介護者として雇われている以上、私のエネルギーはそこに注力されるべきではなかった。
 
 私は、ジリアンやほかの入居者とどのように接したらいいか、どのようにコミュニケートしたらよいか、というきっかけををつかみあぐねていた。
 
 入居者たちは自分たちが気に入らないと遠慮なくコミュニケーションを遮断し、そしてときには攻撃性を剥き出しにしてきた。
 
 脳の障害では前頭葉にダメージを受けた場合、抑制的な回路が失われたりするらしい。品の良かった老齢の御婦人が事故をきっかけに淫らな言葉を一日中話すようになった、とか、優しくて友達が多い人だったのに、病気をきっかけに人に攻撃的になった、とかそういう話を良く聞く。
 
 そのような前頭葉の障害を持っているからだろうか。バリスターハウスの入居者たちは何か要求が生じるとちっとも待てないのであった。
 
 粗暴なジェームスは特にその傾向がひどかった。
 
「おい、お茶を入れろ。」
「わかったちょっと待ってて。今、ゲリーの食事があとひと口なので終わったら作るから。」
「おい、お茶を入れろ。」
「あと1口。あと何秒かだけ待ってて。」
「Fuck!!」
 
と言って、ある日ジェームスは利き手の右手でテーブルを殴りだして顔を真っ赤にして暴れはじめた。
 
「ジェームス!!」
私は叫んで彼を抑えるが、彼は
「俺はお前に、お茶を入れろって言ってるんだ!!このクソ野郎!」
 
とさらに暴れて収拾がつかなくなってきた。

 地声が大きいだけに彼が叫ぶと迫力がある。家が揺れているような恐ろしさだ。
 
 興奮したジェームスは筋肉のコントロールがうまく行かず、足の前面と後面の筋肉が同時に収縮し、ひざが伸び、足は地面を蹴り、車椅子が思ってもいない方向に動き出し、後方の冷蔵庫にぶつかった。マグネットで止めてあった掲示物が落ちる。
 
 私は仕方なく、ゲリーをまたせておいてお茶を入れる。
 
 ジェームスのお茶は紅茶で砂糖が一杯から二杯。それをミルクでやや冷ましてストローを挿して渡す。
 しかしお茶の温度を一定に保つのは難しい。ときどきは熱すぎたり、冷めすぎていたりする。
 
ジェームスはこの日、
 
「こんなお茶が飲めるか!」
 
とコップを右手で払って倒し、お茶をテーブルにぶちまけた。しかし、アンラッキーなことにそのお茶はジェームス自身のズボンにもかかり、熱さと、不快さでまた彼の怒りは増す。
 
「ファーック!ブルシット!おい、早く俺のズボンを替えろ!今すぐだ!」
 
 お茶、床の掃除、ズボンの着替え・・・と増えていく仕事にイラつきながらも、私は「わかった」と返事をする。
 
 ジェームスは車椅子を動かし、自分の部屋へと戻ろうとする。
 
 
 そのときだった。ジェームスの進行方向にたまたまジリアンがいるのが私の視界に映った。
 
 車椅子2台がやっとすれ違える程度の幅に二人がいる。瞬間的に非常に危ない状況だというのがわかる。
 
「ジル!すぐにそこを動いて!!」
 
私はあわてて声を出した。ジェームスは怒ったまま鼻息も荒く車椅子を動かしてジリアンの横を通り抜けようとする。
 
ジリアンは危険を察知し、ゆっくりと電動車いすのレバーに手を伸ばす。しかしその手はあせってなかなかレバーをつかめない。
 
ジェームスはジリアンが自分の進路をふさいでいることに気づき、憤怒の表情で「おい!邪魔だ!どけ!このクソ女!」と叫んでいる。
 
 
そして次の瞬間、ジェームスは彼女の車椅子に体当たりをした。突然自分に向けられた攻撃性と、椅子に与えられた衝撃に、顔をこわばらせるジリアン。
 
さらにジェームスは右手を伸ばしてジリアンの髪をつかもうとしている。
 
「危ない!」
 
ジリアンの首は支える筋肉も弱く、もし髪を引っ張られたらさらに首の骨のダメージが増す。さらにジェームスの腕の力は強く、力の加減もできないので、彼が怒りに任せてジリアンの髪を引っ張ったなら、ジリアンの首は折れ、さらなる機能の低下、場合によっては彼女の命に関わる可能性もある。
 
私は夢中で、車椅子の間に飛び込んだ。
 
ジェームスは「ここは俺の家だ!俺の通り道だ!お前らはどけ!」と狂ったように叫びながら、右手のこぶしを振り上げ、それを私のわき腹にめり込ませた。
胴全体に痛みが響いている。嫌な汗が出てくる。
 
そのときただならぬ気配に気づいたロクが「ジェームス!」と言って後ろから彼の車椅子をずらしてくれたので、何とか危険な状況は回避できた。
ロクは狂犬のように口から泡を出して吼えている彼をなだめながら部屋まで彼を連れて行った。
 
私はジェームスが「ファック!」と言う声がだんだん遠ざかっていくのを、床にうずくまって聞きながら、気持ち悪さをこらえていた。
片手でわき腹を押さえ、片手を床につき呼吸を整える。自然に眉間にしわがよってくる。パンチが肝臓に入ったのだろうか。断続的に起こる吐き気がおさまらない。
 
それでも無理やり顔を斜めに上げて、ジリアンの無事を確認すると、幸いジリアンに怪我は無いようだった。
 
「・・・大・・丈夫・・?」
 
私は声を絞ってジリアンに聞いた。
 
彼女は心配そうな顔で私を見ている。
 
しかしジリアンは、私の質問には答えなかった。
 
そのかわりに、ゆっくりとした動きでひざに置いてあった青いプラスチックのコップを手に取り、それをまたゆっくりとした動きで、油汗を流して、吐き気をこらえている私の目の前に差し出した。
 
「お茶のおかわりを」という合図だった。
 
「・・・(こんなときも待てないのかよ)」
 
と思いながらも、はじめてジリアンに用事を頼まれたことが私はなんとなく嬉しかった。
 
April 29

金曜日のジリアン その6

狭い小部屋の書類棚にもたれながらヒストリーファイルを読んでいた私は、心を何とか落ち着かせるために、とりあえずため息を大きくひとつついた。

そして心の準備をすると、静かに次のページを開き、あの気難しい女性についての記述を読みはじめた。

 

ジリアン・アンダーソン(ニックネーム・ジル)

22歳のとき路上を横断中、酒酔い運転の自動車にはねられ、頚椎、頭骨、脳神経、脊髄に損傷を負う。事故の数時間後まで車のタイヤと地面の間に頭と首を挟まれるが奇跡的に一命をとりとめる。

現在へそより下部の筋力はゼロ。上肢は右手ひじ部分が30度程度の範囲で動く。指は中指と人差指がやや機能残存。左手は麻痺。

食事の介護、トイレの介護、シャワーの介護要。

車椅子での座り位置は、脊柱の側湾のために、左後方のコーナーめがけて座らせ、左手を腕のせに置き、体重支持をさせること。

週二回シティまで障害者用タクシーにての買い物にでかける。注:タクシーチケットを持たせること。

食事は、咀嚼力の弱さ、舌のコントロールの弱さのために、ミキサー等でやわらかくしたものを食べさせること。朝はフルーツとシリアルを混ぜたもの、昼はあまり食べないので要求があったときのみ、ヨーグルトやフルーツを、夜は通常メニューか、ジリアンが指示したものをミキサーで食べさせること。(ラザニアなどを好んで食べる)

トイレについては、リフターを使って、朝、昼、夜の三回定期的にオムツを替える事。ジリアンは拒否するが、なるべく説得すること。

シャワーについては、ベッドバス(ベッドにて体を拭くこと)とシャワーを一日ずつ交互に行うこと。シャワーについてはジリアンは拒否をするが、衛生面を考えると説得して浴びさせること。

薬については、朝、昼、晩の薬のほかに、喘息薬のパッファーや噴霧器などを使って与えること。特に外出時の昼の薬を忘れないこと。3日に1度、便秘解消のための座薬を入れること。

ベッド⇔車椅子の移動については、2人の介護者で行うこと。

 

首付近については痛みと筋力の低下があるので、介護には十分注意すること。必ず頭をサポートすることを忘れないこと。

通常の人より体が冷えるので、シャワーなどのときには常に体温保持に努めること。

 

私は、ジリアンの介護についての基本的な情報をじっくりと頭に叩き込むと同時に、彼女の機能的な限界点をなんとなくつかむことに専念する。

ファイルの後半については、ジリアンのソーシャルヒストリーや性格についての記述があった。

 

ジリアンについて。

両親はすでに他界。身寄りはなし。バリスターハウスに12年前より入居。

20歳よりドルフィントレーナーとしてイルカショーなどに出演。事故後集中的なリハビリなどを行うが、残念ながら歩行など移動のための機能は改善せず。事故後、新聞記者の父親からワードプロセッサーの使い方を習い、右手人差し指で手紙を書くことができるため、通常は手紙を書いて一日をすごす。

性格は事故の影響(?)からか、20代女性のメンタリティで止まっているような印象。

バリスターハウスにて男性入居者と住んでいるのは、前の入居施設にてほかの女性入居者との間に問題があり、環境を変えることを直訴したため。ポゼッシブ(所有欲が強く)で、やきもち焼き。男性介護者、女性介護者ともに接し方や言動には注意をすること。

 買い物が好きで、火曜日、木曜日はシティに出かけ、いつも同じ店でフルーツや洋服などを買ってくる。ときどき帰宅が遅れるので、12時半~21時までのシフトは作業の順番について注意すること。

 

ドルフィントレーナーだったジリアン。彼女の部屋には若き日、たくさんの観客に囲まれて華々しい生活を送っていた彼女の写真が壁中に貼ってあった。

写真の中で20代前半の彼女が真っ白な水着を着て微笑んでいる。家族と並んで写っている屈託の無い笑顔。イルカと戯れる瑞々しい肉体。彼女を囲んでいた陽光と青い水の輝き。

 

その写真の中の彼女はあまりにまぶしく、薄くらい部屋で首を傾けて床を見つめ、ゴホゴホと苦しそうに痰を絡めている、眼前の彼女と同一人物であるようにはとても思えなかった。

私は、壁の周りの彼女のリハビリ中の写真を頭の中ですばやく時系列で並べなおし、徐々に肉が削げ落ちていく様子を早送りのフィルムのように再生して、かろうじて写真立ての美しい水着の女性がジリアンなのだと理解することができた。

 

金曜日のジリアン その5

住民たちに受け入れられない状況を何とかしようと、私は以前ロクから「時間があるときに目を通しておくように」と言われた、入居者の詳細についてのヒストリー・ファイルを手に取った。

 

 

小さな事務室のキャビネットにしまわれていた青いファイルの中には、入居者一人につき数ページ程度で、家族環境、障害が発生した状況、身体障害の度合い、精神障害の度合い、介護の方法、住人の性格などがまとめてあった。

 

私はある日仕事の後に、そのファイルを読み始めた。

 

そして全部で50ページ程のファイルが多くの悲しい記述で埋められていることがわかった。

 

シェーン 20歳のときに車に轢かれて脊髄骨折。重篤な四肢の麻痺により寝たきりに。食事は胃に直接チューブにて。事故の状況。友人の21歳の誕生日パーティの帰りに、友人と並んで歩いている最中、通りがかった車が彼らを追い立て、チキンレースのように急ブレーキを踏んで止まるという悪質な行為を繰り返す。友人と走って逃げたが、その最中、立ち止まって後方の状況を確認しようと振り返ったときに、車が衝突。犯人は逃走。

精神障害の度合いは不明。言葉によるコミュニケーションは無し。

 

ゲリー 33歳のときに交通事故にて妻が死亡。同乗の彼も怪我を負う。同年脳卒中で倒れる。左半身麻痺。問いかけに頷くがどの程度まで理解しているかは不明。「how are you?」「What is your name ?」など短いフレーズを繰り返す。身寄りは無し。

 

ジェームス。ヒッピーのような生活をしていたが、26歳のときにバイクの転倒事故で下半身麻痺。左手、両足に麻痺が残る。性格はやや粗暴。乱暴な言葉を吐くこと多数。ときどき一人で神様と話しているときがある。物を壊したり、右手で人を殴るときがあるので、右手に立たないように注意が必要。女性の介護者は体を触られたりすることがあるので注意すること。

 

 

私は、現実に起こっていることが、ドラマの中の人々よりよっぽど悲惨なことに驚いた。おそらく仕事という意識がなければ、このような読み物を決して最後まで読む気にはならなかったであろう。

 

「介護している人間からマイナスの気をもらわない」というのはこの手の仕事で重要なポイントであると思う。私は日本で大学時代に精神薄弱者の介護のバイトをしていたことがあるので、ある程度入居者との精神的な距離感というものを心得ているつもりでいた。

 

しかしこのヒストリーファイルの記述を見るにつけ、その距離感が怪しくなっているのを感じた。

 

ドラマの一場面のようなできごと。普通に生活をしていた人々の暮らしや運命が唐突に生じた外力によって捻じ曲がる。

 

物語の世界では、そんな哀しい出来事も、小説のページ数、2時間のフィルム長、テレビドラマの放送枠の中で、何も無かったように終わってしまう。

 

しかしバリスターハウスの住人たちはその劇的な状況のドラマが終わったあとも、誰にも気づかれないまま、ひっそりと、この家で毎日を過ごさねばならないのだ。

 

あとがきの後にもまだ続く物語。主人公は動けなかったり、話せなかったり。

 

彼らの心中のやりきれない思いを察するに、私は少しだけ自分の心が崩れそうになるのを感じた。

 

April 23

金曜日のジリアン その4

さまざまな形で新参者のに対する洗礼を浴びせるバリスターハウスの住人の中で、一番かたくなに拒否の姿勢をあらわしたのがジリアンだった。

 

ジリアンは交通事故により下半身の機能、そして上肢のほとんどの機能を失っていた。

 

彼女はわずかに動く右手で電動の車椅子を動かしたり、パソコンのキーボードを叩いたりしていた。

 

彼女の体はエンジ色の車椅子の上で、瘡(じょくそう)を避けるために敷かれた特殊なマットの上に座り、その体は風に吹かれているかのようにくの字に折れ曲がり、樋(とい)のように作られた半円の台の上に左手を乗せていた。ときどき動かす右手は見ていて歯がゆくなるほどゆっくりで、レバーを引こうとする腕が伸ばしきれず、頻繁に空振りした。

 

残存の機能を見るに、おそらく7つある頚椎の6、7番あたりに障害を負っているのだろう、と推察された。髪は白髪の混じった濃い茶色で天然のウェーブがかかり、その髪は顔を半分隠すようにしていた。前に落ち気味の首とその髪は、彼女の表情を読み取るのに困難を与えているように見えた。すっかりやせ落ちた細い足にはいつもスウェットのパンツをはき、かなり暑い日にも厚めのジャケットを着て過しており、ときどきゴホゴホと喉に絡まる痰を取れずに苦しそうな顔をしていた。

 

 

仕事を始めたばかりのとき、最初にがもらったシフトは8時から12時の短いシフトだった。その仕事はジリアン中心に作られたシフトで体のほとんど動かないジリアンのオムツを替えたり、シャワーを浴びせたり、食事を食べさせたりして、ジリアンの日々の生活を開始させるのが仕事だった。

 

 

初日にが上司のロクに連れられて、ホイストという持ち上げ機をゴロゴロと転がし彼女の部屋に入り、挨拶したところ、彼女は壁を向いたままに目を向けようとはしなかった。上司のロクが布団をはがそうとすると、アー、ウー、と言葉にならない声を発しながら、彼女は表情でそれを拒否した。布団をはがそうとしてもわずかに動くその右手が弱弱しく、その布を押さえ、ロクが布団から出るように説得しても敵意の表情を壁に向け、決して私に作業をすることをさせなかった。ロクは彼女の態度に不満げだったが、個人の意志を尊重する、という介護の理念から入居者に無理強いはできないので「Tad、デビッドを呼んできて彼の仕事と変わってくれないか。まだ彼女は君を信頼していないらしい」と私に言った。私は同僚のデビッドに仕事を替わってもらった。デビッドは「やれやれ今朝はシャワーを浴びせるのは三人目だぜ」と不満げに言いながら、仕事を替わってくれた。

 

 

50代でもう若くないといっても女性である彼女が新参者で外国人で男性介護者である私を受け入れないのはまあ当然のことだった。しかし「信頼されていない」と言われることや、それをストレートに表現されることは正直私にはあまり気持ちのいいことではなかった。

 

 

私が彼女に拒否されると言うことは、ほかの作業者にそのしわ寄せが行く。仕事を始めたばかりで、何とか仕事をきちんと遂行したいと思っている私にはあまり好ましくない出来事だった。私は日々ジリアンに信頼されるチャンスをうかがっていた。しかし、なかなかそのような機会は訪れなかった。

 

 

彼女はそれからも頑なに拒否の姿勢を貫いた。

 

 

ジリアンは自分の食物がほかの入居者に食べられるのが嫌いで彼女専用の小さな冷蔵庫を持っていた。彼女は町へ出て、大量のフルーツを購入してきたが、食べる量や介護の人々の都合もあり、冷蔵庫の大量のフルーツは食べきれずによく腐っていた。

 

オーストラリア人のいい加減さからか、ルーチンワークに入ってないその冷蔵庫の掃除は誰も手をつけないまま、放置されていて、私は前から気になっていた。私はある日の掃除のときに気を利かせて、その腐ったフルーツを捨て、グシャグシャに垂れていた汁を全部拭き、冷蔵庫をきれいにした。そのことを彼女に伝えると、彼女から返ってきたのは感謝の言葉ではなかった。彼女は自分の所有する財産の一部であるフルーツを不当に捨てられたことに関しての批難と怒りを示し、声にならない抗議の言葉をあげながら、私に車椅子で突っ込んできた。

 

彼女の怒りが完全に相手に伝わるまでは、車椅子の操作に時間がかかるために時差が生じる。

 

彼女が怒ってから、手を車椅子のレバーに伸ばすこと約20秒。私が彼女との会話を忘れたころに、彼女の車椅子は唐突に動き出し、彼女に背を向けていた私は、いきなり背後から突っ込まれて、前のめりに壁に激突した。

 

したたかに壁に額を打ちつけた私は、この女性の心の扉を開くきっかけをどうやって見つけ出せばいいのかわからず、困ってしまった。

April 16

金曜日のジリアン その3

バリスターハウスの外観の静かなたたずまいとは違って、仕事はいたって忙しかった。
 
介護といってもいろいろな仕事があるが、バリスターハウスでは人が生活するうえで生じる、すべての雑多な業務をこなさなければならなかった。
 
炊事、洗濯、掃除、モップ掛け、食器洗い、ベッドメイク、植木の水やり、ゴミ出しと言った雑作業。
それに加えて一般に介護と言われてイメージされるような入居者の介護・・・つまり食事を食べさせたり水、薬などを飲ませたり、シャワーの世話、トイレの世話、着替え、歯磨き、爪きり、髭剃りなど。
そのほかにも、電話がかかってきたときの対応や、病院にいくときの付き添い、一般事務、手紙の代筆などなど、
 
人間が生きているということはこんなにも複雑なことなのか、と思うほど数えあげれば切りがないほど仕事があった。
 
 
バリスターハウスは重度の障害を持った人たちの住居なので、24時間体制で介護者が必要で、夜勤を含めた、いくつかのシフトがあって誰かしらが家にいることになっていた。
 
またこのバリスターハウスのほかにも、近所にILU(Independent Living Units)と呼ばれる独立住居があり、4軒の住宅に4人の軽~中程度の脳障害者がそれぞれ住んでいたので、そっちの面倒も見なくてはいけなくてならなかった。

例えば8時~12時の4時間のシフトでの仕事はこんな感じだ。
 
8時~8時30分 ILU x4 にて薬を飲ませる
8時30分~9時30分 ジリアンをベッドより移動、シャワー、着替え、歯磨き
9時30分~10時30分 ジリアン朝食準備、食事介護、薬
10時30分~11時30分 食器洗い、掃除、洗濯
11時30分~12時 ゲリーの昼食調理、食事介護
 
 表にしてしまえば簡単なのだけれども、時間内に作業を終わらせるのは難しい。
 
 例えばILUでの投薬の時には入居者を起こさなければいけないわけで、ちっとも起きない入居者や怒り出す入居者などがいてなかなか思い通りにはいかないのだった。
 
 入居者には強い個性の持ち主が多かった。知恵遅れのカリーナなどは怒りっぽく、昔つき合っていた別の入居者を2回刺したこともあるような、ちょっと危ない人なので、朝に彼女を起こすことは至難の業だった。
 
 彼女は糖尿病のため、毎朝、血糖値を器具を使ってはからなくてはいけなかった。その器具は、飛び出し式の針と、計測器の二つが必要で、まず、計測器に血を塗布する薄い5mmx20mmくらいのカードを刺し、指に飛び出し式の針を刺し、血が出てきたところでそのカードに少量塗布し、モニターに出てくる血糖値をノートに記録することになっていた。この記録は彼女の命に関わってくるので毎回確実に遂行する必要があった。
 
 しかしカリーナは他人にその測定をさせることは嫌いなのであった。彼女は自分で測定するために介護者から器具を取り上げる。問題は、カリーナはよくその測定をミスすることであった。例えば計測器のスイッチがReadyになっていないうちに血を塗布したり、飛び出し式の針のセッティングがうまくなかったり、血の量が足りなかったり、理由はいろいろなのだが、彼女は3回に1回は失敗した。失敗するだけならまだいいのだけれど、介護者の私にとってとても困るのはカリーナはその測定のミスを絶対に認めようとはしないことだった。
 
 怒りっぽく、人に間違いを指摘されることが大嫌いな人間が、寝起きを外国人に叩き起こされて、そして指に針を刺し痛い思いをし血を流した後に、そのミスを指摘され、もう一度同じ試験をするように要求される。
 
 その結末がどうなるかは想像に難くない。
 
 彼女は散々私を大声で罵り、最後には物を投げつけ、そして私はその罵声を背中に浴びながらカリーナの家から退散する。
 
 そして私はバリスターハウスでは連絡ノートに
 
「Carina refused to measure her BSL(Blood Sugar Level) this AM.(カリーナは午前の血糖値測定を拒否)」 と書き、Medication Error Report、という報告書を作成し、スーパーバイザーのロクに報告せねばならないのであった。
 
 そんなわけで30分以内に投薬を終わらすことは難しいことこの上なく、一度遅れてしまうと、さらに後ろの作業も遅れていくので、定時に終わるのはなかなか難しかった。
April 11

金曜日のジリアン その2

バリスターハウスで仕事をはじめた私を待っていたのは住民たちの「拒絶」という洗礼だった。
 
仕事の初日。
 
バリスターハウスの扉を開けた私に車椅子に乗ったひげの男が私に近づいて来た。
 
車椅子が電動ではないことを考えると、下半身機能の障害はあるものの、上半身の機能は保持されているのだろう。
オーストラリア国旗の描かれているTシャツからはたくましい上腕がのぞいている。オーストラリア国旗のついた帽子をかぶり、後ろに縛った髪が帽子から出ている。ヒッピーのような風貌。口ひげとあごひげには白髪が混じり、幾分斜視の目はひっそりと入ってきた私をいぶかしげにながめている。
 
「お前はどこの国から来た?」
 
ひげの男は玄関に立っていた私にゆっくり近づいてきて、このバリスタハウス全体に聞こえるようなダミ声で言った。

私は体の中に響くような大声に驚いたが、仕事の初日ということもあり、つとめて笑顔を保ち、紳士的に「日本です」と答えた。
 
すると次の瞬間、そのひげの男は急に顔を赤くし、はき捨てるように「Bull Shit!(くそ野郎!)」と私の顔に口からしぶきを飛ばしをかけながら大声を出した。
 
私は突然自分に向けられた敵意に狼狽し、そして混乱した。
 
「・・・(日本人の私がクソ野郎?この男は私に明らかに攻撃的に接している。人種差別主義者なのだろうか?)」
 
オーストラリアの社会の中で人種差別というものがあることは知っていた。シドニー近辺では頻繁に中東系の移民に対する排斥運動が起こるし、大学の構内のトイレにも「I hate Asian」などと落書きがあったからだ。
 
何人かレイシスト(人種差別主義者)と呼ばれる人たちも知っている。レイシストと言っても、KKKのようにわかりやすい装束でそこらへんで儀式を行っているわけではない。
 
あるサッカーチームでトレーナーのバイトをやっていたとき、コーチになったばかりの人がいて、その人が挨拶してもあまり親しく反応を返してくれないので「どうしてこの人は目を合わせてくれないのかなあ」と思っていた。

そのコーチは選手時代はフィジカルの強さで、かなり活躍していた選手だったのだが、指導者としての才能は疑問符であった。首の短いこの男は頭に血が上りやすく、選手がミスをするとベンチを蹴り上げたり、怒声を上げたりするので、選手たちが萎縮しているのが私には手に取るようにわかり痛々しかった。
 
ある試合のとき一人のギリシア系のゴールキーパーが単純なミスで失点すると、彼はベンチの中でそこに置いてあった水筒を蹴り上げ「Fucking Greek(ギリシア人)!」と歯軋りしながら言った。多文化主義を標榜する現代のオーストラリアではタブーな発言である。彼はすぐにベンチの控え選手の中にギリシア人の選手がいるのに気づいて「・・・Sorry」と何もなかったかのように繕おうとして言ったが、若い選手たちはみな白けたように押し黙っていた。その後、チームの負けが込むと、このコーチはシーズン半ばで解雇された。彼がいなくなった後の練習には活気が生まれ、そのことを治療に来た選手に言うと、その選手はため息をつきながら「あのコーチがレイシストだったからね。バカなんだよ。」と教えてくれた。
 
そんな風なこともあったからレイシストという人たちはこういう人なのか、というなんとなく経験から来たイメージ的なものがあった。
 
ただ、あのコーチのように、目を合わせてくれない程度の差別なら何の実害も無い。
すべての人に好かれようと思ってさえいなければいいわけで「単なるアンラッキーなこと」と思ってやりすごす術を私はオーストラリア生活の中でもう見につけていた。
 
 
しかし、バリスターハウスのこのひげの男は、そのような陰に潜んだ敵意とは違ったものを持っていた。明らかにむき出しの攻撃性を私に向けている。私が何をしてきたのか、どんなことを考えているのか、何を思って生きているのか、そんなことはまるでお構いなしに「クソ野郎!」と怒声を浴びせていた。
 
このようなはっきりとした拒絶に会ったのは生まれてはじめてだった。
 
呆然と立ちすくんでいるとスリランカ系のボスのロクが「ジェームス、静かにするんだ!それから、Tad!ジェームスの右側にたつと危ないぞ。力が強いから殴られる。」と言ったので、私ははじめて我に返って、ひげの男の左手の方に急いで体をずらした。
March 21

金曜日のジリアン その1

 先日、アデレードの元同僚から「ジリアンがお前から手紙をもらいたがっている」と携帯にショートメールが来た。
 
 ジル・・・私はすぐ50代前半の首の曲がったあの女性の顔を鮮やかに思い浮かべた。
 
 「拝啓 ジル、お元気ですか?アデレードを離れて、新しい仕事をはじめて半年たちました。この町は何も無くて、週に2度(いや3度かな?)もシティに買い物に出かけられるあなたがうらやましいです。この町では家庭菜園を作ったりして、
暇をつぶしています。すっかり僕も田舎者になったよ。今度アデレードで君を訪ねるときはきっと牛を50頭ばかり一緒に連れて行くので、顔をなめられないように気をつけること!ジェームスやゲリー、シェーンにもよろしく。金曜日のジリアンへ。」
 
 
 手紙を書きながら、たった1年ほどの、バリスター・ハウスのいろいろな出来事を懐かしく振り返る。
 
 バリスター・ハウスはアデレードから北東に20分ほど行った何の変哲も無い住宅街にあった。見た目は大きめな平屋の一般住宅だが、そこはグループホームになっていて、重度の脳障害を持った人たちが共同で暮らしていた。
 共同で暮らすといっても住民は重度の脳障害を持っていたから、自分たちでの生活は不可能で、当然、介護の人間が必要だった。
 
 そのとき私は、オーストラリアで理学療法学科の学生をしていた。もっとも英語に少し自信がついたら、日本に帰国して大学に編入しようと考えていたのだが、思いがけず順調に進級でき、オーストラリアでの学生生活を続けることにしたので、生活費を稼ぐ必要があった。
 
 それまで日系の自動車プレス企業で簡単な通訳や、翻訳のバイトをしていたが、実習や試験など頻繁に予定を変える必要があり、マスプロダクションという形態の会社では、同じ日本人同士という一点のみで、融通を聞いてもらうことも難しく、会社をやめなければならなかった。
 
 そこで「介護の仕事ならば、将来の仕事にも通じているし、何より昼間の時間だけでなく、夜勤の仕事もできる」ということで、僕は新聞の求人広告欄に小さく載っていたこのグループホームの面接を受けることになった。

 面接の日、私はシティの正反対にあるこの町までバスを乗り継いで、しばらく地図を片手に慣れない土地を歩き回り、住宅街の中にその家をやっと探し当てた。私は汚い字でメモに書かれた住所をもういちど確認しようと家の前でカバンを足元に置いて立つ。
 
 そのとき、家の中から、大きな声が聞こえた。「早くしろ!」野太いな男の怒鳴る声。続いて、「ジェームス!」とその声の主を怒鳴る声。「ファック!」また野太い男の声。私は驚いて、顔をあげる。しかしそれっきり大声はやんだ。私は体をこわばらせて様子を伺う。誰が刺されて外に逃げて飛び出してくる様子も無い。その平屋住宅には静けさがあるばかりだった。
 
 私は不安になりもう一度その住宅の全貌を見渡す。
 
 白く塗った壁と赤い屋根。コンクリートの壁に色を塗っただけの簡素なつくりだ。建物は陽射しが良く差し込むように窓ガラスがたくさんある。ドアは左と右に2つ。横長の建物の全体が見えなくて、僕は首を回す。
 
 すると、声がしたほうの反対の窓際に静かにたたずんでいる女性と目が合った。
 
 やや初老の女性。くたびれた髪は茶色で天然のウェーブがかかっている。ガラス越しなので良くは見えないが、女性は確かにこちらを見ている。
大きめの電動車椅子に乗って、背中を丸め、そして首を若干右に倒して力の無い目だけをこちらに向けている。
私があわてて笑顔を作り挨拶すると、女性はそれに挨拶を返すこともせず、首を動かさずに視線を下ろし、ゆっくりゆっくりと人差し指を伸ばし、操作ハンドルに指をかけ車椅子の向きを変えて、私とのコミュニケーションを遮断した。
 
 そんな風に私とジルは出会った。