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父親、学生、会社員、週末エッセイスト、週末イラストレーター。
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Adelaide Days

August 01

事務作業

  卒業してほっとしてひと段落と思いきや、事務作業に忙殺されている。
 
 ビザの申請とそれにまつわる諸作業、卒業後に勤めるビクトリアの病院との雇用契約、仕事に関する業界団体への登録作業、引越し先の選定、手続き、日程の計画など引越しに関する諸作業、日本に二週間帰国のための準備、子供たちの学校の手配、学生保険が切れるので保険会社の選定、英語の試験の予約、アデレードで世話になった人とのキャッチアップ。資金が潤沢なわけでもないから、どの口座からどのタイミングでいくら引っ張ってくるとかも考えないといけないし、結果通知の遅い大学や、担当者休暇で返事が遅いエージェントを突っついたりもしなくてはいけない。
 
 サインを書いて、翌日配達郵便で送ってください、と簡単に言われても、サインの欄にウィットネス(証人)のサインをもらえと書いてあったりする。証人っていってもいろいろなレベルがある。友人とか妻でいいのか、それともJustice of Peaceと言われる地域の図書館などに座ってる、オーストラリア版公証役場のおっさんに公的なサインをもらうのか。翌日配達郵便?なんだそりゃ?と人に聞いて調べて、郵便局で封筒を買ったり。オーストラリアの業界団体に登録するためのフォームを記入中にReferee(身元照会人)の手紙が必要なことがわかって、いろいろな人にお願いメールを送ったり。しかも手紙の文面や形式もいろいろ細かい指定があって、例えば、
 
- less than 6 months old
- written on letter head paper
- a statement identifying the relationship of the referee to yourself
- a comment on the quality and breadth of your work
- the name, signature, and position of the referee
- the date the reference was written
 
とあるので、それも含めておねがいしなくてはいけない、めんどくせー。そして、こんな忙しいときに限ってお約束のように壊れるPCやプリンタ。
 
 仕事を今はほぼフルタイムでしているから、休日になると一気にこなさないといけない。事務作業の鬼だ。どれもこれも大事なので、頭がおかしくなりそうだ。
 
 はやくこの台風のような忙しさが終わって欲しい。もういやだ~。
 
 オーストラリアに来てからかなり事務作業の能力は向上した。ものを調べたり書類を作成したり。今だったらかなりいい事務員になれると思う。海外に暮らしている間にこんな小さな事務作業ばっかりなので、それらを地味にこなしていくことにすっかり慣れてしまった。
 
 でも残念ながらそのひそかな自信を仕事で試す機会はあまりないのであった。
 
July 25

卒業

このブログは30越えて脱サラ子持ちで海外の大学に留学した無茶な男のブログなのですが、ご存知でしょうか??
 
最初は同じ境遇の人に情報を与えたい、という高尚な思いからブログをはじめたのですがそのうち飽きてきて、自分の頭の片隅に眠るガラクタを表現するようなアホなブログになりました。
 
「なんなんだこれ、俺は何がしたかったんだ?」と過去の記事をふりかえってみて不思議な思いがします。
でもこのブログも人生の一部分として必要だったのかな、と思います。事後的に肯定できるのが人生ですし。ま、これはこれで、いっか。
 
そんなふうにいつまでも地に足のつかない私ですが、このたび地味に大学を卒業しました。30なかばでやっと社会人になります。自分の選択が正しかったのか、悪かったのか、得たのか、失ったのか、どっちが多いのか今はわかりません。
 
でも忙しいのが好きなので、学生、バイト、父親業と、なんでもかんでも必死でやれたのは良かったと思います。
 
卒業後はオーストラリアの病院で仕事をする予定です。
 
いちばんつらかったときに応援いただいた、日本およびアデレードの友人のみなさま、ありがとうございました。
 
やった!!
July 24

メルボルン旅行

メルボルンに用事があったので、ついでに家族旅行に行きました。Hertz(www.hertz.com.au)で1日$33のレンタカーを借りてアデレードからメルボルンまで往復1600キロ運転。
ルートは内陸。初日は一気に800キロ移動。
110キロ道路で、途中は片側一車線のうえ、暗くなったのにライトも無いわ、雨も降ってくるわ、大型トラックとすれ違うわで、運転はかなり怖かったです。
最低でも二日かけて明るいうちだけにしたほうがいい、と思いました。
 
メルボルンは都会。そのなかでも久しぶりに見たセブンイレブンに「おー!」と大人なのにかなりはしゃぎました。
 
宿はスクールホリディの週末、しかも3日前にいきなり行くことが決まったので、どこも開いておらず結構探すのに苦労しました。
 
メルボルンの地図を借りて、その後ろのほうのページにある、宿泊施設の一覧から、メルボルン近郊のモーテルをウェブ検索→電話、という感じでやっと見つけることができました。モーテルと聞くと酒池肉林の宴の夜に、窓からジェイソンがチェーンソーを持って襲ってくるようなイメージですが、モーターホテルの略称なので、車で旅行に行く人には便利だと思います。それにしても、学齢期の子供が二人いるとなかなかホテルに一部屋で泊まれないんだなあ、と実感しました。一人だったら大丈夫なんですが、とか、二部屋にしてください、とホテル側から断られることが多かったです。
 
帰りの宿が決められないままの出発でしたが、最初の宿にあったバジットモーテルチェーンの冊子で探して何とか予約しました。www.budgetmotelchain.com.au
もう少しいいところに泊まりたかったのですが、途中から旅疲れで寝床があるだけでOKみたいになったので、無駄遣いしなかったぶん良かったかな、と。嫁も、私もバックパッカーの経験があるので安宿もあまり気にしなかったのですが、もしかしたら潔癖症な人にはきついかもしれません。
 
メルボルンでは水族館や博物館に行きました。博物館は恐竜展をやっていて子供たちは楽しめたようです。
 
食事はインド料理や、外のカフェなどいままで子連れでは行かなかったいろいろなところに挑戦しました。
旅行中はフィッシュ&チップスなどを食べたり、マックに行ったりと、油物が多くなって気持ち悪くなりますが、今回は炊飯器も持っていけたので、ウールワースで買ったイワシの缶詰にしょうゆをたらして食べて復活しました。やっぱり日本人だな~。
 
帰りはナラコートという町のキャラバンパークのキャビンに泊まりました。バンクベッドと呼ばれる簡素な二段ベッドがあり子供たちがかなり喜んでいました。部屋から見える場所に公園もあるし、キッチンなどもついていて、4人で1泊$100かからない程度でした。キャラバンパークはビッグ4グループというのが有名で、$40払って会員になると1泊10%オフになります。http://www.big4.com.au/
ただ場所によっては寝袋持参が必要なところがあるので、注意が必要です。
 
ナラコートは世界遺産にも登録されている遺跡があり、洞窟の中を歩いていくガイドのツアーに参加しました。動物の化石などもあり、子供も、大人も楽しめる場所だったと思います。
 
途中妻のリクエストでワイナリーに立ち寄りました。こだわり派のオーナーらしく、「システマティック・テイスティングだから」と、10本ほどのワインを順にテイスティングさせられましたが、特に味などわからない私は、そのおっさんが一つ飲むたびにコメントを求めてくるので、「うーんしっかりしている」とか「いちごの香りがする」とか、もう最後はむかついてきて「化石の時代を思い出させる」とかわけのわからないことを言ってごまかしました。わからないとワイナリーは疲れますね。ここのオーナーの息子は野球をやっていて大リーグのフィリーズの選手だそうです。ワイナリーにバットが飾られているので、「どうしてバットがあるの?」と聞くとああ、気づいちゃったのか、というポーズを見せて教えてくれました。
 
それにしても、旅行と言ってもいままでのように自分の見聞を広げるより、家族を楽しませることばかり考えていた気がします。それはそれで楽しかった。レンタカー運転して旅行に連れて行くなんて、まるで自分は父親の王道みたいじゃないか、とあらたな自分を発見しました。新しいことを発見する、という意味では良い旅だったと思います。
 
地平線をみたり、虹を何度も見ました。途中、あまりに何も無いので、おもわず写真に撮りました。
 
P7100008P7110061P7130101P7140147P7140150P7140168
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
June 07

欲しがるね~

テレビに出たというブログを書いたら兄から以下のリンクが(本文無しで)送られてきた。
 
 
割と私はこのタイプだ。
 
欲しがるね~。
June 05

テレビ出演

アデレードに来て4年。
 
本当にいろいろなことがある。
 
先日はなんとテレビに出演をしてしまった。
 
オーストラリア映画に出演(?)したこともある私だが、(参考http://30ryugaku.spaces.live.com/blog/cns!9C5952C90D012702!615.entry)、テレビ出演の依頼が来たのははじめてであった。
 
娘の友達のお母さんがテレビ局に勤めていて、オーストラリアの生活をカメラの前で語ってくれと頼まれたのだ。
 
30分ほどの英語インタビューと言うことで、私はまったくやるつもりはなかったのだが、妻が勝手に私を推薦して私が出演するということにされてしまったのだ
 
・・・という、ジャニーズデビュー秘話的なエピソードはまったくの嘘で、本当は妻がやることになっていたところを、
「いいな~、いいな~、ずるいな~、うらやましいな~、俺もカメラの前で話して、テレビに出てみたいな~」
とミーハーな私がじたばたして言ったら、
「私は出たいわけじゃないんだから、じゃああんたが出なさいよ」
と妻にボールをまわされたのだ。
 
当日、学校の一室を借りて友達のお母さん、カメラマン、音声さん、と私で撮影を行ったのだが正直難しかった。
 
「質問を20個程度するけど、大丈夫、大丈夫」と、オーストラリア人お得意のいい加減さで、事前にどんな質問をするかも教えてくれない、テスト状態であった。
 
質問も「子供をどういう風に育てたいか。」と結構シンプルなくせに、何気に深いことを聞くので「出された飯を文句言わずに食べろ」というくらいしか教育方針がない私は困ってしまった。
 
しかも「インタビューしても話を聞いていないけど、次の進行を考えているだけだから心配しないで。」と、静寂のなかで誰もこっちを見ていないのに、一人で英語を喋り続けるという孤独な作業(実際には1時間弱)だったのである。
 
恥ずかしいので放映の際にも黙っていたのだが、出演記念のDVDが送られてきて、おそるおそる内容を見てみた。
何だか声も小さく、ぼそぼそと喋っていてとても恥ずかしい。
 
こんなはずじゃなかったのに・・・。俺はこんな話し方をしているのか。と初めて録音テープの自分の声を聞いた子供のように、尻がムズムズしてしまった。
 
オーストラリアのテレビといってもアジア向けの放送なので、オーストラリア国内では放映されなかったのが救いだが、自分の英語の下手さに軽く落ち込んだ。
 
ちなみにその制作会社はアジア向けの英語教育番組を作っている会社だった。
 
後日、何の気なしにその会社のHPを見ていると、さすが英語教育チャネル、なんと私のインタビューが全文掲載されているではないか。
 
間違いだらけのその内容はとても正視するに堪えないものであった。娘がオーストラリアに来た年をShe is three years old. She was three years old.と、言い直したりしているし、ときどき何か意味不明なことを言っている。
 
しかも自分の話し方の癖で、私は5分ほどに編集されたその短いインタビューの間にyou knowと実に36回も言っていた。そうだよね、知ってるよね、ね、ね、ね、と連発して同意を求めてくるウザイ人のようだ。
 
話しの途中で、こっちで知り合いになったフィリピン人のことを「彼らはアジア人のように見える」とか言ってしまっている。(They have Asian features.といいたかったのだが、They look like Asian.と言った。)家族で番組を見ていたフィリピン人は「俺らアジア人だっつーの!」と一斉にちゃぶ台をひっくり返しながら、突っ込んだことだろう。
 
その原文にはご丁寧に解説までついていて、
 
She go(sic) to kindy とか peoples(sic) の言葉がハイライトされ解説がついていた。
※(sic)は原文ママとか言う意味。
 
そして、
(解説)このgoは三単現がつくので、goes。しかしこの場面では過去のことを行っているので、彼はwentと言うべきだった。
とか
(解説)peoplesはおかしいので、彼はpeopleと言うべきだった。
 
と中学二年生レベルの間違いが指摘されているではないか!
 
あ~あ~あ~ハズカシー!!もうやめてくれ~!!そんなのわかってるよ~!俺が悪かった。もう二度と英語なんて喋りませんから~!!!
私は毛布をかぶり、奇声を発しながら羞恥の感情に一人耐える。
 
「こんなことなら妻を出しておけばよかった・・・。」
 
後悔してももう遅いのだ。私の無様な姿はもはや、日本レベルを超えて、全アジア人に晒されてしまったのだ。
 
 
しかしHP上のミニテストは傷口に塩をすりこむかのように、私に追い討ちをかける。
 
穴埋め問題。空欄に正しいものを選べ。
 
They're good ____________ .
 
1. people's
2. peoples
3. people
 
私の間違いが問題になっている。
 
私は3を選択しリターンキーを押す。
 
Congratulations !!
 
HPの隅に現れた、爽やかな祝福のメッセージを見て、私は喉の奥から絞り出てくる嗚咽を止められなかった。
 
May 17

ラクロス 山田幸代 選手(Wilderness)

最近ラクロスのプロ日本人選手第一号、山田幸代さんがアデレードのリーグに挑戦しています。

 

アデレードの夏の太陽のように明るく元気で、人と会うことを心から楽しんでいて、うちの子供たちも彼女が大好きで家族で応援しています。

 

 

私は個人的にラクロスというスポーツには新しさを感じています。

 

もともとカレッジスポーツでスポーツ自体の歴史は100年超あり、日本でもバブルの時に流行したので知っている方もいらっしゃると思います。

 

ですから「新しさ」といっても目新しいという意味ではなく、社会的な存在としてのラクロスの新しさです。

 

スポーツというのは社会的な存在です。

 

「社会的存在」とは、スポーツが単に「体を動かしてグラウンドで遊ぶ」というだけでなく「たまねぎみたいにいろんな服を着ている」ということです。

 

英国のパブリックスクール、カレッジスポーツに遡る、規律・規則・道徳を教える教育ツールとしてのスポーツ。

 

冷戦下の共産圏のように、民族の優越性を誇示する政治的ツールとしてのスポーツ。

 

ロス五輪以降に普及した、メディア放映権、スポンサーシップ、販売戦略など商業ツールとしてのスポーツ。

 

トレーニング理論、用具開発、ドーピングなど科学技術発展の題材としてのスポーツ。

 

スポーツはただ単に体を動かすという意味を超えて存在しています。

 

 

ラクロスは正直、日本では競技人口も少ないし、まだ黎明期にあるそうです。

 

確かにラクロスのルール自体を知っている人も少ないし、見たことがある人も少ないと思います。

 

山田選手も取材や観戦している人に、「ラクロスって何人でやるんですか?」と良く聞かれています。(私も聞きましたけど。)そのたびに山田選手はそれに対して丁寧に答えていて、「本当に若いのにしっかりしているな」と思ってしまいます。私がトップ選手だったら「サッカー選手や野球選手にそんな質問する?そんなのウェブで勝手に調べてよ。」と思うことでしょう。

 

こんなふうに選手たちが、きちんと丁寧に答えるのは、黎明期のスポーツならではの思いがあるからのようです。

 

ラクロスの選手たちによると彼らは「ラクロスを広めるんだ。」という思いを選手一人ひとりが持っているというのです。そこにはマスコミが旗を振り、一部のトップアスリートだけが注目を集め、あとは見ているだけ、という態度ではなく、プレーをしている人それぞれが個人で普及に貢献し、仲間を増やし、みんなで楽しんでしまおうという、新しい感性があります。

 

Jリーグがそれまでの首都圏集中企業型スポーツから、地域スポーツという新しいビジョンを提示しましたが、そのビジョンはやはりトップダウンの形で与えられるものでした。

 

しかしラクロスはそういうことを本当にボトムアップからやろうとしています。

 

末端の選手一人一人が主役として、ラクロスを発信しよう!と言う気持ちが伝わってきます。トップ選手と、愛好家、子供たちが乖離しないで、一体になったまま発展しそうな可能性を秘めている魅力があるスポーツだと思います。

 

山田選手は子供たちへのワークショップなどを通じて、裾野を広げていくことに一生懸命です。

 

ラクロスを知らない人たちに、ラクロスをプレーしたい、と思わせるのは本当に難しいことだと思いますが、彼女は頑張っていてすごいなあ、と思ってしまいます。

 

 

健康プログラムなどを計画、デザインして普及して行くヘルスプロモーションの考え方に、Sustainabilityという言葉があります。(Sustainが持続する、Abilityができること。)

 

例えば、トップ選手がメディアに露出してマスコミに取り上げてもらい興味を持ってもらったりするのも大事ですが、一番大事なのは興味を持った人たちが実際にプレーして、なおかつそれを持続できることで、そのための機会や仕組みを作っていくことが大事なのです。

 

その意味で彼女は旗を振って、積極的にワークショップや大会開催などを行っています。もちろん彼女だけではありません。ラクロスの選手たちのブログを見ると「ワークショップやります!」という告知が頻繁に載っています。

 

カンボジアに行ったある選手のブログでは、ラクロスのクロスが手に入らない現地でラクロスを広めるために、現地の樹を使ってクロスを作り、それでプレーしているというのです。

 

もし日本で用具を買って、それを現地でプレゼントしたら、一時的にはラクロスは流行るかもしれません。ラッキーにも日本製の道具が行き渡った人たちは喜んでプレーするでしょう。逆に道具の無い人たちは、いつまでもラクロスというスポーツに触れることができないでしょう。

 

しかしもし道具が作れたら、その選手が帰ってしまった後でも、きっと現地の人はそれを使ってプレーをしていくでしょう。そしてその人はまたその作り方を誰かに教えて一緒にプレーする。

 

 素晴らしい普及活動、そしてSustainabilityだと思います。地球のどっかで日本人と一緒に作った樹のクロスを使った人がラクロスをやっている、と想像するだけでとても楽しい気分になってしまいます。

 

 

 こんなふうに選手一人一人がヘルスプロモーションの媒体として機能していることがラクロスの面白さ、勢いを感じさせるところです。私はそんなところに、新時代の「コミュニケーションチャネルとしてのスポーツ」としての可能性を感じています。

 

 (そんなラクロスの感性は、企業色が薄く、自由移民の多いアデレードの日系人の感性ともなんとなく似ている部分で、山田選手がこの街に来たのはもしかしたら実に運命的なことなのかもしれません。 )

 

 

 ちなみにラクロスは見ているとスポーツとしては結構ユニークです。

縦のランニングが基本で、しかも用具を使い、それをオーバーヘッドで使うところが、個性的なところかな、と思います。

 

試合の雰囲気はサッカーやら、バスケやら、アイスホッケーやら、ハンドボールやらいろいろな要素が入っています。選手がゴール裏にも行けるので、ポストプレーをゴールの後ろで割と自由にやっているのが他のスポーツにあまりないところかな、と思いました。

 

子供の頃から専門的に一つのスポーツをやらせるのはちょっと・・・というときにはいろいろな動きの要素やスポーツの要素が入っているラクロスはおすすめです。

 

皆さんも是非ラクロスをやってみてはいかがですか?

 

・・・と、なんだか私もラクロスの普及委員会の一人みたいになってしまいました。

 

いつものブログのひねくれた物の見方とは大分違って、私、爽やかですね。自分の中にこんな爽やかさが残っていたことに感動です。

 

山田選手の爽やかさに影響されてしまったようです。

 

 

でも「キャラが違って気持ち悪っ!」とこのブログを愛読してくださっている、某アデレード留学サポートセンターで「留学生の母」として慕われている某ゆかりさんに突っ込まれそうなので、もう爽やかにするのはやめようと思います。 

 

 

というわけで、アデレード在住の皆さんは是非、山田選手の試合を観に行って応援しましょう!!

 

詳しいスケジュールは

 

http://www.gogoadelaide.com.au/report/item_65.html

 

でご確認ください。

May 08

人恋そめし

午後、仕事から帰ってきてちょっとソファで寝ていると、学校から帰ってきた5歳の息子が突然、玄関から走りこんできて「パパ、早く起きて、学校行くから、ついてきて。早く早く。」と言う。
すわ、緊急事態、と慌てて飛び起きて理由を聞くと、「お兄ちゃんが、フッティで、グラウンドで」となんだか要領を得ない。
 
一緒に帰ってきた妻に「何があったんだ?」と聞くと「クラスの女の子のお兄ちゃんがフッティをやっていて、練習の間、その女の子が学校のグラウンドに残っているから、一緒に遊びに行きたいのよ。」と言う。

「なんだそんなことかよ。」ともう一度寝ようとして、ふと思い直し、妻に聞く。
「もしかしてそれはその子が好きなのか?」
「うん。そうじゃないかしら。」
「なにー!」
こ、これは恋?もしかして息子の初恋なのだろうか。
「お前その子が好きなのか?」
素直にコクンとうなずく息子。
「いつからだ?」
「わかんない」
「その子の名前は?」
「・・・デイジー。」
「幸せにする自信はあるのか?」
「・・・。」
「俺に黙ってついて来いとか言ってないだろうな?」
「・・・。」
「君は家で家事をやっていればいいから、とか言ってないだろうな?共稼ぎでお願いしますって、きちんと頭下げて言っただろうな?」
と質問したところで妻に「おい」と頭をはたかれた。

そうかー恋かー。初恋なのかー。
そういうことならば仕方ない。
父親として、息子に渡した容姿DNA的にはちょっと後ろめたいところもあるから、彼の恋は全力で応援しないわけにはいくまい。
最近は疲れていて、子供たちと遊ぶのも億劫になっているけど、今日はついて行ってやるか、とサンダルをつっかけ学校のグラウンドに慌てて向かう。

ワーワーと男の子たちがフッティの練習をやっている。しかし女の子の姿は見えない。キョロキョロとあたりを見回す息子。「帰っちゃったのかな~。」と不安そうな声で言う。「大丈夫だよ。探そうよ。」と言って歩き回る。途中でバスケットボールで遊びだしたり、平均台で遊びだす息子を「はやく来い」と叱りながら、学校の敷地を探すがなかなか会えない。しかし、フッティを見ている人の中に彼女のお母さんらしき人がいたので彼女の所在を聞くと「over there(むこうよ)」と教えてくれた。

「いた!」紫のパーカーを着た彼女を見つけ、息子が嬉しそうな声で言う。一目散に彼女めがけて走っていく息子・・・と思いきや、いきなり逆に走り出そうとする。「おい、なにしているんだよ。そっちじゃないぞ!」と言うと「待って!四葉のクローバーを拾ってくるから!」と言う。どうやら彼女に会うのに花束を渡す代替の行為らしい。しかしそれでは、見つけるまでに日も暮れて彼女は帰ってしまうだろう。「プレゼントなんかどうでもいいよ。早くデイジーのところに行け」と軌道を修正する。

しかし息子はそれには従わず、とりあえず鉄棒で逆上がりを一回。そして、グラウンドを大回りして飛行機のように手を広げて彼女の元へと駆け出す。ああ、好きな女の子の前でテンションがあがり過ぎて余計なことをして自滅するタイプだ。将来大事なときにもこういう失敗をするのではないだろうか。もう見ていられない。とりあえず「早く、早く」と後ろから牛追い祭りの牛のように追いたてる。父親業も楽ではない。

やがて「デイジー!」と息子が呼ぶと「Akari!」と彼女も嬉しそうに返してきた。
「あの石をここに持ってくるのよ!」と早速、彼女は言う。それに答えて、石を持ってくる息子。二人で走り回って、いろいろと何か作業をしている。私は少し遠巻きにそれを見つめている。そういえば最近彼の英語が伸びてきた気もする。「英語なんて話したくない」とかたくなに家での勉強を拒否していたが、最近は積極的に取り組んでいる。そりゃあ好きな子のことを理解するためには英語を覚えないといけないだろうな、とやっと背景を理解した。言語を覚える一番の方法はその言語を話す恋人を作ることなのだ。

夕暮れ間近、無邪気に走り回り笑っている二人のシルエットを見て思う。彼らはなんて美しいんだろう。時代をさかのぼり、太古の時代のように、走りまわるだけでお互いを感じ、愛の喜びを分かち合う。人間はこんなふうに猿でいられるのだ。くだらない駆け引きなど必要ない。これこそ愛の原型なのだ!本当の愛とは猿の世界にあるんだ!私は、愛のはじまりという化石を見つけた考古学者のように興奮して結論づける。
 
「Akari!Millipede(ムカデ)!」と大きな声で言うデイジー。どうやら「ムカデを持ってきて」と言っているらしい。石をひっくり返し、その下から小さいムカデを見つけデイジーに届ける息子。デイジーのほうは石を組んで何かをしている。「Millipede!」またもや彼女は言う。そして息子はまたムカデを取りに行き、やがて彼女に届ける。見ているとどうやらムカデの家を作っているらし
いのだ。
「Millipede!」と彼女に言われるたびに、せっせこせっせこ献身的に彼女の元へとムカデを貢ぐ息子。

それを見て私は思う。何か違うな。この姿は猿だろうか?ムカデを何度も運ぶ猿なんていやしない。これは、どちらかというと・・・、まるで鳥だ。そうだ鳥じゃないか。時代をさかのぼりすぎて本当の愛はいつのまにか始祖鳥の頃まで遡ってしまったのだ。

「愛のはじまりは猿の姿にある」という5分前の考古学的大発見をあっという間に撤回し「愛のはじまりは鳥の姿にある」というふうに歴史教科書を書き直すことにした私。そんな簡単に改訂される歴史教科書に受験生はきっと苦労することだろう。

しばらくして、フッティの練習が終わり、お兄ちゃんと一緒にデイジーが帰ってしまうと、私は遊び疲れた息子を腕の中に迎え、頭をワシャワシャと撫でた。息子は満足そうな様子であった。
私は、そんな彼を見てとても幸せな気分になった。そして彼と手をつなぎながら、「私の心が空ならばー、コリャ、かならず真白な鳥が舞うー、ハ、どした、鳥よー鳥よー鳥たちよー、あ、ソレ、鳥よー鳥よー、ハーコリャコリャ、鳥の~歌~」と、杉田かおるの「鳥の歌」を合いの手つきオリジナルバージョンで歌いながら、暮れなずむ町を家路についた。
April 30

ワインの勉強

ワインの勉強を始めた。
 
まあ勉強と言っても雑誌を読んだり、銘柄を覚えたりする程度だけれども。
 
アデレードに4年住んでいる私が知人と話していると驚かれることがある。それは私がまだワイナリーに行ったことが無いということだ。
 
アデレードというのは市内観光、グレネルグビーチ、ハーンドルフのドイツ人村、クリーランドの動物園あたりに行ってしまうと、もうやることがなくて、「では明日はワイナリーにでも・・・」となるのが相場なのだ。市内から車で北に1時間ほどでバロッサバレー、3、40分ほど南に行くとマクラーレンベールというワインの産地に着く。アデレードに3日以上滞在すれば誰でも行くようなところだ。こんなに近いのに行かなかったのは、来豪以来の生活が忙しかったせいもあるけれどもほぼ奇跡に近い。
 
自慢ではないが、私の暮らしは、酒も飲まない。タバコも吸わない。ギャンブルはやらない。女性に興味はあるがてんで相手にされない。ゴルフもやらない、ときどきブログで駄文を書くのとジョギングをするくらいのきわめて淡白な面白みの無い生活で「そういうのもどうかなあ、もういい年だし。」という危機感が最近になってやっと出てきたのだ。「遊び上手なチョイ悪オヤジとして若い娘にいつまでも相手にされる」という理想の中年像からはほど遠いストイックな生活が続いている。あまりにストイックな生活なので、アデレードに合宿していたかなり我慢強い、知り合いのオリンピック選手から「我慢強いですよね」と誉められたくらいだ。

そんなふうに「面白みの無い男ってどうよ」と自分自身の状況に疑問を持っていたところに、先日、日本から知り合いがたずねて来て、たまたま一緒に行ったボトルショップで「どれが美味しいワインか選んでもらえますか?」とお願いされ、「いやあ、酒を飲まないから・・・」と固まってしまった。恐れていた問題が顕在化しつつあるのだ。これはもう時間が無い。問題解決をいそがねば。
 
そんなわけで内在的あるいは、アデレード人としての外在的義務感から「ワインを学ぼう」と思い立った次第である。

いつものように「ワインを勉強することにした」とまず妻に宣言すると、いつもは「またくだらないことを思いついた」とそっけない妻がいつになく余裕を持って「それはいいことね。」と言う。
 
意外な展開に少し驚きながらも、「昨日、ボトルショップに行ったらシラーズと言う会社のワインがたくさんあった。だからシラーズがサウスオーストラリアでは一番大きなワイナリーなのだ。だからそこに行くぞ。」と言うと、妻は「シラーズはブドウの品種の名前でワイナリーの名前ではないわよ。ラベルのところにそう書いてあったのかもしれないけど、別のところに商標は書いてあるわよ。」と軽い蔑みの一瞥とともにやんわり修正した。
 
「なに?お前はワインのことを知っているのか?」と思わぬ妻の反撃にうろたえて問う。
「だってレストランでお客さんに出すもの。一応店で出すものは全部覚えているし。それに最近はガイドの仕事でお客様とワイナリーでテイスティングも良くするし。それに友達からワインの雑誌も借りてて勉強もしているし。」などと言う。
「・・・(俺の知らない間にお前はワイン王国サイドの人間になっていたのかよ。)」と、わけのわからない敗北感でいっぱいになる。妻の余裕は自分が知識も経験も上のワインという土俵に夫があがってきたことからくる余裕だったのだ。
 
私は妻に値踏みされているような気がして、途端に不機嫌になり、妻の出してきたワインの雑誌をひったくってページをめくる。

まずワイン雑誌の情報量に圧倒される。くじけたくなる気持ちをおさえながらも読み込んでいく。なんだろう、この堅苦しさは。この赤や白の液体にどれほどの意味があるというのだ。横文字。意味不明の用語。拒絶するような狭量な文化的空間。もうダメだ。俺には所詮ワインなんて無理だったんだ。ワインを勉強することに決めてわずか5分しか立っていないのに「ワイン通になる」という夢は消えてしまうのだろうか。絶望の気持ちが湧き上がってくる。私はページを静かに閉じて、頭を垂れる。

しかし、二、三度深呼吸して冷静になって良く見てみると、そのワイン雑誌はかなり胡散臭いような気もする。何が怪しいって、まず手元にあるのはワインの雑誌なのに出版社が美術系の会社ということだ。美術とワインとどう関係があるのだろうか。
 
ワインと言うのを美と言うアプローチで理解すればいいのでは?というワインに対するアングルがひらめく。そして私はページをめくる。

「フランスのワインがマチスの絵のように軽快・奔放で、イタリアのワインがカラヴァッジオの絵のように裏表があり、カリフォルニアのワインがハリウッドの映画のように開き直っているなら、オーストラリアのワインは江戸の職人仕事のようなものだ。頑固で誠実で、伝統を重んじ、かつ気前良く、洒落っ気がある。」
 
やはり美と言うのとワインは背中合わせにあるものらしい。良く考えたら誌面で味が伝わるわけはないから、言語を弄するしかないのかもしれない。そう相手の手の内がわかってしまうと、自然とこちらも余裕が出てくる。
 
もう一度文章の内容について吟味してみる。考えてみるといかにも怪しい一文だ。言葉の巧みさと比喩の高尚さの陰に隠れてつい肯定してしまうがもし中学受験の問題で、「次の組み合わせで間違っているものはどれか。」
 
1.フランス - マチス
2.イタリア - カラヴァッジオ
3.カリフォルニア - ハリウッド
4.オーストラリア - 江戸職人
 
となっていたら99%の生徒は正答を得ることができるのではないだろうか。ワインを表現する比喩の数量が底をつき、ちょっと江戸文化を拝借してきたような意外にも益荒男ぶりのインチキ臭さがなんとも心地よい。人間国宝・伝統文化展を観にいったらマギー司郎が出てきたようないかがわしさがある。
 
さらにワイナリーのレポートは語る。
 
「ブドウの樹は低く、風雪に耐えてきたがごとく曲がりくねり、しかしなおも整然とした品位を湛えて、時折の風に濃い緑を揺らしていた。周囲を森に守られた静寂の中、外部の進入に無言の拒絶を示す緊密な調和が、そこにあった。
 畏怖しつつも足を踏み入れると、靴は黒味を帯びた畑に柔らかく吸い込まれた。厚い靴底を通り抜け、生きた土の力が皮膚に伝わった。畑が主張していた。体の奥でその声が響いた。ワイナリーの門を叩く前に、すでに語るべきものが語られていた。」
 
なんとも読ませる文章ではないか。さすがプロの文筆家の腕だ。ここでおこった事実は「畑に一歩足をいれた」というだけなのに、さも大変なことがおこったかのように思わせるライターのすごい力量だ。素直に敬服する。
 
敬服はしたものの、ワインをめぐる胡散臭さは私という樽の中で豊穣な香りを湛えて醸造されていった。
川島なおみの胡散臭さに通じるその感覚は私の中で何らかの価値観の変動を起した。ワインの評論がなんだか良くわからないものをさぞかし、すごい価値のように語るというゲームだとしたら、文章を書くのが好きだが、語れるようなものを持たない中身の無い私のような人間にはもっとも得意とするフィールドだ。ワインは怪しい、怪しいぞ。
 
そして私は結論に至る。
 
「ワインってもしかしたら面白いかも・・・」

私はさきほどのワインの雑誌の文章が頭から離れないまま尿意を催しトイレに行く。
 
「ニスの塗られた板張りの扉を開けると、そこには陶磁器のボウルがあった。薄暗い電球が微かに灯るその密室で、その白いBENZAは硬質な存在感を示し、周囲の世界と高潔な調和を保っていた。BENZAは言葉こそ発しないが、そのなだらかな曲線は観るものの視線を微笑んで受け止め、そして畏怖の念と尿意を起させるのであった。夜の帳(とばり)は私の尿(いばり)をやさしくつつみ、私が漏らした薄い嘆息とともに水流の放物線をBENZAへと誘う。行く河の流れは絶えずしてしかももとの水にあらず。方丈記の序文に語られた永遠と刹那を具現化するように、BENZAは飛び立つ鳥の群れが放つ水音にも似た共鳴の世界へと私を昇華させていった。」
 
うん。ワインの世界とはきっとこんな感じで語ればいいのだろう。いいぞ。いいぞ。いい感じだ。
 
そんなこんなでワインの勉強である。マクラーレンベールが近いのでまずはそこらへんのワインから学んでいこうと思っている。
 
今日の発見は、ワインには赤、白のほかにロゼ、ポートなどという種類のワインがあるということだ。Roseというからにはバラの臭いでもするのだろうか。ポートワインというからには港を通った輸入物だろう。貴腐ワインなどという高級なんだか品質が悪いのかわからない豆腐の親戚みたいなのもある。基本のブドウの4品種が覚えられないので、これは後日覚えることにする。

妻は「飲まなければわからないし、知識から入ろうとするのは本筋と違う。」と抗議するのだが、こっちは飲まずにワイン通になろうとしているのだから、やむを得ない。
 
「あそこのワイナリーね、あれは高台にあって、ベランダレストランがあるんだよ。ノーブル・リースニングという貴腐ワインが有名だね。」
「ああ、あそこのワイナリーね、まだ26歳なのに迷いの無い顔をしているオーナーのいるところね。」
 
と雑誌で得たワイナリーの知識をそのまま、妻に解説する私。

しばらくはワインにはまりそうだ。

 
April 25

囚人刈り

妻が息子の頭をバリカンで刈った。
 
これまではさみでやっていたのだが、バリカンを入手したので試してみたのだ。
妻が3ミリのアタッチメントをセットしていたので子供の頃、バリカンで頭を刈ってもらっていたバリカン・アナリストの私は「それは短すぎる」と12ミリに変えさせた。
 
バリカンを使ったことの無い妻は少し緊張気味で「失敗すると嫌だから、最初はあなたが実験台に・・・」と言う。
「・・・(俺は失敗してもいいのかよ。)」最近妻は冗談ではなく本気でこういうことを言うからちょっと怖い。
 
刈った頭を撫で回す。毛先が手のひらに柔らかくチクチクして心地よい。
面構えも、自然と男の子らしさが増して、悪ガキっぽくなっていい感じだ。
 
子供のあのヘアースタイルにはボーズ、とかスポーツ刈りとかいう名称があるけれど、私は「囚人刈り」という言葉を使ってしまう。
中原中也の詩集に、「頭を、ボーズにしてやらう」という作品があって、そのフレーズがとても気に入っているのだ。
 
「頭を、ボーズにしてやらう」
 
頭を、ボーズにしてやらう
囚人刈りにしてやらう
 
ハモニカを吹かう
植民地向きの、気軽さになってやらう
 
荷物を忘れて
引越しをしてやらう
 
Anywhere out of the world
池の中に跳び込んでやらう
 
車夫にならう
債権が当った車夫のやうに走らう
 
貯金帳を振り回して、
永遠に走らう
 
奥さん達が笑ふだらう
歯が抜ける程笑ふだらう
 
Anywhere out of the world
真面目くさってゐられるかい
 
 
 
ボードレールの「Anywhere out of the world(ここではないどこかへ!)」という一節を取り込みつつ、アナーキーでロックな調子の中に狂人を夢想する中也の哀しみがそこはかとなく漂ってくる名作だ。
 
妻と息子は「囚人刈り」と呼ばれて憤慨しているが、父親がその頭を気に入っていればこそ、愛情をこめてそう呼んでいるとはよもや知るまい。
 
12ミリなので、それほど短くは感じない。ただ妻が額から後方に向かってバリカンを使用したために前髪がほとんど無くなって、やはり囚人刈りテイストには一応なっている。
 
酔っ払って交番前で立ちション、くらいの軽犯罪といったところか。
 
 
April 01

再開

ブログの更新をやめてしばらくたった。
 
その間に、在アデレードの主婦の方々から、ブログ更新しないのですか?楽しみにしているのに、というコメントを言われた。
 
意外と主婦層に人気のブログだったのか。それならそうと言ってくれれば、明日の簡単晩御飯とか、賢い家事のこなしかた、とからくらく夫操縦術とか、それなりのものを書いたのに・・・。
 
 
 
そのたびに「